エコロジー/生態学[ecology]

 ギリシャ語oikos(家)とlogos(ロゴス)から合成された19世紀の造語。元来のエコロジーは、生物と生物の関係、生物とそれを取り巻く無機的環境との関係を研究する生物学の一分野である。具体的には、生物の分布と個体数を明らかにしようとする学問分野で、階層性(個体、個体群や群集)と複雑性(生態系における食物網や生物間の相互作用)についての科学である。エコロジー(生態学)は、E・ヘッケル(Ernst Haeckel)によって1866年に「生物の家計(個体や生物群の間の物質やエネルギーのやりとり)に関する科学」として定義された。日本語の「生態学」は、1895年に三好学が初めて用いたと言われている。「人間が健康であるためには、生態系が健全でなくてはならない」という考え方において、E・S・リチャーズ(Ellen Swallow Richards)に始まり、A・レオポルド(Aldo Leopold)、R・カーソン(Rachel Carson)等の活躍によって「健康で幸福な生活と環境の学際的科学」として広まった人間生態学(human ecology)とその系譜に位置づけることもできる。生態系にみられる食物網や生物間の相互作用から、すべては関連し相互依存していると結論づける全体論的(holistic)な考え方は、エコロジーを自然科学から環境倫理思想あるいは環境保護運動へと拡がりうる概念であると捉える要因になった。エコロジー観が一般化した背景には、急激かつ過度の人間活動の拡がりによって引き起こされた生態系の危機(化学物質汚染、地球温暖化、森林破壊・砂漠化、種の絶滅、その他の地球規模での環境問題)がある。

 レオポルドは、「土地倫理(land ethic)」という考え方を提起して、「土地は所有物ではない」と主張した。ここでいう「土地」とは、生態系のことであり、「物事は、生物共同体の全体性、安定性、美観を保つものであれば妥当だし、そうでない場合は間違っているのだ」としている(レオポルド 349)。一方、A・シュヴァイツァー(Albert Schweitzer)から思想的な影響を受けていたカーソンは、人間も自然の織りなす網の目(食物網)の一部を形成する存在にすぎないと考えた。彼女の『沈黙の春(Silent Spring)』(1962)には、人間による「自然の支配」観念の批判という文明史的・文明論的な視点がはっきりと表れているが、これも人間とあらゆる生命との関係が重要であると説いたシュヴァイツァーの思想の影響を示すものである。

続く1970年代のはじめに登場する「ディープ・エコロジー(deep ecology)」は、1973年にA・ネス(Arne Naess)によって提起された概念であり、自然と人間の関係の根本的変化の必要性を主張する。従来のエコロジーを先進国の人間の福利しか視野にない「浅いエコロジー(shallow ecology)」であると批判し、人間は「生態系全体(生命圏)のなかの結び目にすぎず、その一つとして自己を成熟させてゆくこと」、「すべての生命体は、おのおの自己実現するための平等の権利をもっていること」など、自己実現と生命圏の平等主義を目指すエコロジー思想である。他に仏教思想を取り入れ野性の実践を説くG・スナイダー(Gary Snyder)の生態地域主義(bioregionalism)、サイバネティクスを組み込んだG・ベイトソン(Gregory Bateson)の精神のエコロジー、それを発展させたF・ガタリ(Félix Guattari)の三つのエコロジー、「社会」的な側面を説くM・ブクチン(Murray Bookchin)のソーシャル・エコロジー(social ecology)、エコロジーとジェンダーの関わりを説くエコフェミニズム(ecofeminism)など多彩なエコロジーの分野がある。

 一方、日本では、ディープ・エコロジー的視点から曼荼羅(密教の目的を成就する調和と共生の世界観)にすべての生物と共に生きる願いの「場」を説き、自らも実践(自然を自分自身に同一化)した弘法大師(空海)、朱子学から「人は小体の天にして、天は大体の人」として自然と人間は根本的に一体であることを説いた熊沢蕃山はじめ、自然の一部である万人すべてが自ら「直耕(農業生産)」することを理想とし、自然主義的な生活を営んだ安藤昌益や、人間も自然も同じ「一つのいのち」だとして、その世界観を「マンダラ」に表現し、自然保護運動の先駆けとなった南方熊楠らが知られる。

(多田満)

 

参考文献

・レイチェル・カーソン『沈黙の春』青樹簗一訳(新潮文庫、1974[原著:1962])

・ロバート・P・マッキントッシュ『生態学 概念と理論の歴史』大串隆之、井上弘、曽田貞滋訳(思索社、1989[原著:1985])

・アルド・レオポルド『野生のうたが聞こえる』新島義昭訳(講談社学術文庫、1997[原著:1949])

・Naess, Arne. “The Shallow and the Deep, Long-Range Ecology Movement. A Summary.” Inquiry 16 (1973): 95-99.

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