環境詩学[ecopoetics]

 「環境詩学(ecopoetics)」とは、イギリスの文芸批評家J・ベイト(Jonathan Bate)がThe Song of the Earth(2000)で提唱した研究アプローチ、または文学のありかたを指す。ベイトの定義によると、環境詩学は、「詩がいかなる点で<住みか>を<作ること>となりうるかを問う」ものである(Song 75)。ecopoeticsのecoは、ギリシャ語のoikos(家、住みか)に、poeticsは、ギリシャ語のpoiesis(作ること)に由来する。環境詩学は、詩以外の文学ジャンルも考察の対象とするが、ベイトは、特に詩的技巧がpoiesisにおいて重要な意味を持つと指摘する。例えば、「韻律は、自然独自のリズムへの応答であり、大地の歌の反響である」から、「詩を作るという意味でのpoiesisは、言語を通じてoikosへ帰還する最短の道」となりうるのだという(Song 76)。以下では、環境詩学の誕生過程、具体例、その後の展開について見ていく。

 ベイトは『ロマン派のエコロジー』(1991)で、イギリス・ロマン派研究にエコロジーの観点を初めて本格的に取り入れ、W・ワーズワス(William Wordsworth)を中心とするロマン派の環境意識を明らかにしたことで知られる。以降、K・クローバー(Karl Kroeber)やJ・C・マキューシック(James C. McKusick)ら、ベイトの論に賛同する批評家たちの書を通して、ロマン派研究における環境批評の有効性は広く認められるようになった。またこれらの書には、例えば「自然詩人」ワーズワスの作品を読む行為が、文学研究の枠内にとどまるものではなく、我々の環境に対する姿勢を見直す上でも有意義であるという共通認識がうかがえる。

 ベイトは続いてThe Song of the Earthを世に出すが、ここでは前作のように作品に環境意識を読み取るというよりはむしろ、作品を書く・読むといった文学的行為がいかにエコロジカルでありうるかという問題が探究されている。その際にキーワードとなるのが、環境詩学である。ベイトは、本書を「環境詩学の実験」、すなわち「詩作品を、我々がそこで毒されていない空気を吸うことができ、また疎外されていない、住まうという状態に調和できるような想像上の公園とみなすとき、何が起こるかを確かめる」ものとしている(Song 64)。このような詩作品の読み方や、「住まう(dwelling)」という本来的な存在様態は、M・ハイデガー(Martin Heidegger)の後期存在論哲学に基づいている。ハイデガーによると、住まうとは「存在物をその本質において保護するような自由な空間の中で、平和にとどまること」、存在物を搾取しない「大地を救う」ような在りかたである(Heidegger 147-48)。さらに、詩的言語は、事物の本質を開示することができるため、そのような詩的言語の性質を尊重している限り、我々は言語があらわす空間に住まうことができるという(Heidegger 209-27)。これらをふまえて、ベイトは、環境詩学を「住まうという経験の『提示』」と定義する(Song 42)。ちなみに、本書のタイトル(The Song of the Earth)も、ハイデガーの言葉から来ている。

 環境詩学は、言語や事物を人間の道具や資源とみなさない、他の存在物への配慮を必然的に伴う在りかたを提示するものとして文学作品を捉える。そして作品を読む際には、「問いかけをするにしても、じっくりと考え、感謝し、作品の声に耳を傾けようとする」(Song 268)。したがって、それは環境問題の解決に直接つながるような政治的行為ではなく、意識改革に留まるものといえよう。環境詩学は、環境保護を訴える道具として言語を用いる「環境政策(ecopolitics)」とは異なるのだ。ベイトは次のように述べる。「詩人が、人類と環境、人と場所の関係について述べるときの手法は、記述的でなく経験的である点で、特異なものだ。生物学者や地理学者、環境運動家が、住まうことについて『語る』のに対し、詩はそれを『啓示する』ものといえよう。このような主張は、政治的である前に現象学的であるため、環境詩学は前政治的とみなすのが適切であろう」(Song 266)。だが『ロマン派のエコロジー』が、ワーズワスの作品に緑の政治学を読み取るものでもあったように、環境詩学と環境政策との境界は曖昧である。ベイト自身もそれを「緑の読解のディレンマ」(Song 266)と呼び、環境詩学の脆弱さを認めている。

 そもそも、自然を語るとは、言語を通して自然を内面化する行為である。自然を、その本質を損なわずに提示することなどできるのだろうか。例えば、ワーズワスの「ティンターン僧院(“Lines written a few miles above Tintern Abbey”)」(1798)には、「さだかではないが(“some uncertain notice”)」や「この不可解な世界(“this unintelligible world”)」のように、否定辞を含む語を多用することで、安易な内面化を避けようとする姿勢が見られる(Song 151)。また、ワーズワスの作品に頻繁に描かれる交感体験、「自然との『沈黙の対話』」(Song 75)では、自然は静寂を表す言葉で形容されたり、沈黙した存在として描かれたりしている。自然の沈黙は、人間のみが声を持つという人間中心主義的発想としてとられがちだ。だがそれは、自然に何らかの意味を読み取ったり、象徴へ変換したりせず、ありのままにあらわすための手段ともなりうる。「場所の沈黙」を語ることは、環境詩学における最も困難な、しかし究極の目的なのである(Song 151)。

 The Song of the Earthが扱う作家は多岐にわたるが、それでも『ロマン派のエコロジー』同様、イギリス・ロマン派が中心に据えられている。ベイトの次の言葉にあるように、ロマン主義と環境詩学は根底で結びついているからだ。「18世紀後半に始まったロマン主義の伝統に属する作家たちは、この(人間の自然からの)分離に特に関心を払っていたというのが本書の論旨である。ロマン主義は、ワーズワスが『抒情歌謡集(Lyrical Ballads)』序文で『自然の美しい永遠の姿』と呼ぶものに対する忠誠を宣言する。それらに親しむとき、我々は本来の力強さで生きるが、反対に科学技術や工業化によりそれらから疎外されると、我々の生命は弱まることを主張する。それは、詩的言語を、人間精神と自然の想像上の再結合をもたらしうる特別な表現とみなす[...]。私はこの広義のロマン主義を、『環境詩学』的なものとして記述し直してきた」(Song 245)。環境詩学とは、自然からの疎外を自覚しつつも、詩的言語を通して、作品が示す大地に根ざした存在様態に立ちかえろうとする思索的実践なのである。

 本書と同年に出版された、マキューシックの『グリーンライティング』(2000)にも、背景は異なるが、同じ「環境詩学」という語が登場する。これは、英米ロマン派の環境意識やエコロジカルな言語表現を再評価した書で、M・オースティン(Mary Austin)について、自らが根ざした土地の本質を表現する環境詩学を追求していると論じている。ベイトの環境詩学の流れをくんだものとしては、K・リグビー(Kate Rigby)のTopographies of the Sacred(2004)や、S・ニッカーボッカー(Scott Knickerbocker)のEcopoetics(2012)が挙げられよう。前者は、英独ロマン派に「否定性の環境詩学(ecopoetics of negativity)」を読みとる。詩的言語が自然をありのままにあらわすことができるという可能性よりも、その限界を認識することこそが、我々を言語化以前の場へ、すなわち原初の存在様態へと立ちかえらせてくれるのではないかという指摘だ。それに対して後者は、ベイトの論に同調するかたちで、現代アメリカ詩人をとりあげながら、自然体験を語る際に用いられる比喩的言語や修辞的技巧のなかで、特に読み手の感覚に直接訴えかけ、作品の世界に参与させるようなものを、「感覚的詩学(sensuous poesis)」として再評価している。

(佐々木郁子)

 

参考文献

・ジョナサン・ベイト『ロマン派のエコロジー―ワーズワスと環境保護の伝統』小田友弥、石幡直樹訳(松柏社、2000[原著:1991])

・ジェイムズ・C・マキューシック『グリーンライティング―ロマン主義とエコロジー』川津雅江、小口一郎、直原典子訳(音羽書房鶴見書店、2009[原著:2000])

・Bate, Jonathan. The Song of the Earth. Cambridge: Harvard UP, 2000.

・Heidegger, Martin. Poetry, Language, Thought. Trans. Albert Hofstadter. New York: Harper, 1971.

・Knickerbocker, Scott. Ecopoetics: The Language of Nature, the Nature of Language. Amherst and Boston: U of Massachusetts P, 2012.

・Kroeber, Karl. Ecological Literary Criticism: Romantic Imagining and the Biology of Mind. New York: Columbia UP, 1994.

・Rigby, Kate. Topographies of the Sacred: The Poetics of Place in European Romanticism. Charlottesville and London: U of Virginia P, 2004.


2013年8月5日公開

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